第3種第1級

芳賀・宇都宮LRTの工事状況や各種設備などを解説しています。

軌道敷の定義を考える

はじめに

宇都宮芳賀ライトレール線(ライトライン)が2023年8月26日に開業して以降、同年9月末までにすでに3件の路面電車対自動車の交通事故が発生し、軌道系交通に関する交通ルールの理解が課題になっています。

特に3番目に宇都宮市陽東5丁目地内で発生した案件は、ゼブラゾーンに滞留する右折待ち車両に路面電車接触するという極めて取り扱いが難しい事故でした。

本件は道路交通法第21条が最も関連すると考えられますが、この事故について個人的に調べるうちに、そもそもこの道路交通法第21条における「軌道敷」の定義がはっきりとしていないことに気が付きました。

本記事は、この「軌道敷」の定義について、個人的に整理したものです。

なお各法律所管等に確認したものではなく、あくまで個人の見解として受け止めていただけますと幸いです。

道路交通法第21条とは

条文

道路交通法第三章では「車両及び路面電車の交通方法」が示されており、その中の第一節「通則」において、第21条1~3の軌道敷内の通行方法が示されています。

以下は第二十一条の条文になります。

(軌道敷内の通行)
第二十一条 車両(トロリーバスを除く。以下この条及び次条第一項において同じ。)は、左折し、右折し、横断し、若しくは転回するため軌道敷を横切る場合又は危険防止のためやむを得ない場合を除き、軌道敷内を通行してはならない。
2 車両は、次の各号に掲げる場合においては、前項の規定にかかわらず、軌道敷内を通行することができる。この場合において、車両は、路面電車の通行を妨げてはならない。
一 当該道路の左側部分から軌道敷を除いた部分の幅員が当該車両の通行のため十分なものでないとき。
二 当該車両が、道路の損壊、道路工事その他の障害のため当該道路の左側部分から軌道敷を除いた部分を通行することができないとき。
三 道路標識等により軌道敷内を通行することができることとされている自動車が通行するとき。
3 軌道敷内を通行する車両は、後方から路面電車が接近してきたときは、当該路面電車の正常な運行に支障を及ぼさないように、すみやかに軌道敷外に出るか、又は当該路面電車から必要な距離を保つようにしなければならない。
(罰則 第百二十一条第一項第八号)

この条文において、明確に軌道敷内の車両の通行が禁止されていることがわかります。原則禁止であることから、「軌道敷内通行禁止」の標示等は存在しません。ですので宇都宮芳賀ライトレール線上も「軌道敷内通行禁止」という標識は存在しません。

この条文内で頻繁に「軌道敷」という言葉が出てくるわけですが、道路交通法上に「軌道敷」がどこからどこまでなのかという定義は存在しません。

軌道敷の定義とは

現在一般的に普及している軌道敷の定義

Google先生に聞いたところ、道路交通法における軌道敷の定義として、以下を上げているものが多くヒットします。その概要は以下の通りです。

敷石や線で示されている。その他の場合にはレールの幅に左右それぞれ610mmを加えた部分を軌道敷とする。

上記はWikipedia*1で示されている軌道敷の定義ですが、上記とほぼ同じものが非公式の解説サイトや、自動車教習所の資料としてヒットします(サイトによってはレール左右0.61mとしか書いていないところも多い)。

で、Wikipediaでは上記の定義の出典として「軌道建設規程第11条」をあげています。(他のサイトでは道路交通法第21条によると...などと書いていますが、道路交通法には書いてないですね...)

この軌道建設規程第11条には下記のようなことが書いてあります。(軌道法関連はカタカナ表記で分かりにくいので、一部わかりやすく書き換えています)

第十一条 併用軌道においては軌条間の全部、および左右各0.61mはその軌道を敷設する道路の路面と同一構造とし、軌条面と道路面の高低は同じとする

そもそも軌道敷とは道路法上は道路そのものですので、軌道の整備では敷設する道路と構造や高さをそろえましょうという条文であり、この条文の存在意義自体は理解できます。

ただこの軌道建設規程第11条の範囲を、道路交通法第21条の軌道敷として定義してよいのかという疑問が生じます。

なぜかといえば、レール面から0.61mの範囲に、実際にレール上を通行する車両もしくは車両限界が収まらない可能性があるからです。

現在わが国における路面電車でよく採用されている軌間は「1,435mm」ですが、ここに左右「610mm」を足すと「2,655mm」になります。路面電車の車両幅は多くが2,500mm程度とされていますから、この場合は収まるように見えます。

しかし軌道建設規程第10条には以下のような規定があります。

②本線路においては車両と中央柱やその他の工作物との間隔は230mmを下回ってはならない

この工作物には建築限界を有する一般的な車道の範囲も当然対象に含まれるはずです。つまり2,500mに左右230mmをさらに足すと2,960mmとなり、この時点ではみ出ています。

さらに軌道建設規程では軌間について762mm、1067mm、1435mmのいずれかとするとあり、他に多く採用されている「1,067mm」において左右に「610mm」を足しても「2,287mm」にしかならず、これはどう考えても車両自体がはみ出ます。

※実際は軌条頭部から測るため、若干数値が大きくなると思います

そもそも軌道建設規程で出てくる左右610mmという幅については、軌道建設規程の上位に位置する軌道法の第12条第1項でも出てくるのです。

ここでは

軌道経営者は軌条間の全部および、その左右各0.61メートルに限り道路の維持及修繕をする

と書いてあります(一部わかりやすいように書き換え)。

道路法上は軌道敷は道路そのものであり、道路管理者が維持修繕を行うことになりますが、軌道法において軌道敷の維持修繕は軌道経営者が行うことと定めており、この条文はその範囲を指定しているものになります。

つまりあくまで軌道経営者が道路上で維持修繕をすべき範囲を定めているだけであり、実際に通行する車両の車両限界がこの範囲に収まらなければならないと定めているものではありません。

実際に軌道法が制定された当時、一般的に併用軌道においても枕木上にレールを固定し、道床上を敷石やアスファルトで舗装しており、枕木が敷設されている範囲は当然同省として軌道経営者が道路に手を加える範囲に相当することから、枕木の範囲を含めるためにこのような範囲の指定となったと考えられます。

木枕木の寸法として、軌間1067mm用は幅2100mm、1435mm用は2600mmが一般的な仕様であり、この寸法に若干の余裕を加えた範囲を、軌道経営者が管理すべしと定めたため、軌条左右0.61m(つまり当時でいう2尺相当)の幅員が定義されたと考えられます。

よってこれはあくまで道路上軌道経営者が管理すべき範囲を定めただけであり、車両が実際に通行する幅員ではないことから、この幅員を道路交通法上の「軌道敷」として定義することが果たして的確なのかは非常に疑問が生じます。

ところで軌道建設規程ではその他に第8条や第9条でよくわからない中途半端な数値が出てきますが、制定当時は尺貫法を用いており、1間を基準に考えていたことからこのような中途半端な幅員が定義されていると推測されます。

また、現状多くのサイトで軌道敷を定義しているもう一つの文言である「敷石や線で示されている範囲」についてですが、この範囲指定については軌道法や軌道建設規程上ではどこにも触れられていません。

道路構造令における軌道敷

そもそも前節のような軌道敷の定義がなぜ広まったのかというと、そもそもわが国の法律等で明確に軌道敷を定義したものが存在しなかったことが理由として考えられます。

しかしながら平成13年の道路構造令の改正により、道路構造令第12の2において明確に軌道敷が定義づけされました。その内容は下記のとおりです。

第二条

十二の二

軌道敷
専ら路面電車(道路交通法(昭和三十五年法律第百五号)第二条第一項第十三号に規定する路面電車をいう。以下同じ。)の通行の用に供することを目的とする道路の部分をいう。

明確に道路交通法における路面電車が通行するための道路の部分をこの政令上で軌道敷と定義しています。

またさらに道路構造令第9条の3において、軌道敷の幅員についても明確に規定されました。

第九条の二    軌道敷の幅員は、軌道の単線又は複線の別に応じ、次の表の下欄に掲げる値以上とするものとする。
単線    3m
複線    6m

ここでわが国では初めて軌道敷の範囲が明文化されたことになります。

なお単線3m、複線6mという数字の根拠ですが、

我が国の路面電車車両の最大幅はおおむね2.5m以下であるので、軌道建設規定に定められた他の工作物との距離の規定である「0.23m」以上の値を考慮し、単線では2.5m+両側0.23m(0.46m)で数字を丸めて3mとしており、複線ではさらに軌道中心間隔の規定である0.4m以上を考慮し、6.0m以上と定めた

とあります。*2

つまりこの幅員こそが、実際に走る車両の幅と工作物までの距離を考慮した軌道敷であり、この範囲の外であれば、路面電車車両とは接触することはありえないことがわかります。

どう考えても道路交通法における軌道敷は、こっちの範囲の方が的確ではと思います。

ちなみにですが、軌道建設規程にはこのような条文があります(わかりやすく書き換えています)

第五節 軌道および橋梁
第17条 枕木の下面より施工基面までの道床の厚さは軌間1067mmおよび1435mmのものでは100mm以上、軌間762mmのものでは76mm以上とする
第17条の2

① 軌道および橋梁の各部は動荷重に耐えうる負担力を有しなければならない
② 併用軌道における軌道および橋梁の構造は前項に規定するものを除き、道路構造令(昭和四十五年政令第三百二十号)(道路法(昭和二十七年法律第百八十号)第三条第三号の都道府県道および同条第四号の市町村道に係るものは同令および同法第三十条第三項の条例)の規定によらなければならない

上記のような条文があり、そもそも軌道建設規程においても軌道の構造については道路構造令の規定によるとあることから、道路としての軌道敷はやはり道路構造令が上位にあり、軌道建設規程においても軌道敷の範囲は道路構造令の定義と同じになるのではないかと考えます。

そう考えると道路交通法における軌道敷の範囲は、道路構造令における軌道敷の範囲が相当するのではないかと思います。

なお単線3m以上、複線6m以上とありますが、これはそもそも軌道建設規程をはじめ関連法規で軌道法に準拠して運行する車両の幅が定められていないため、標準箇所においてもこの幅員を超える可能性があるからです。

実際宇都宮芳賀ライトレールの許可上の車両幅は2.65mであり、上記の考え方だと

単線:3.11m以上

複線:6.16m以上

となります。

なお宇都宮芳賀ライトレールでは基本的にセンターポールであり、さらにその分必要相当の幅員が加算されるため、軌道敷は6.5mとなっており、この幅員がそのままのちに記述する都市計画決定の範囲にもなっています。

※架線柱が0.28mとしているため、左側から(0.23(工作物までの距離)+2.65(車両幅)+0.23(工作物までの距離)+0.28(架線柱)+0.23(工作物までの距離)+2.65(車両幅)+0.23(工作物までの距離)=6.5)mとなっている。

軌道敷の範囲を明示する必要はあるのか

さて次の疑問です。

これまで軌道に関する各種条例等を読んできましたが、どこにも軌道敷の範囲を道路上に示す方法が示されていません。

しかしながら道路構造令が改正され軌道敷が明確に示されて以降に出版されている「道路構造令の解説と運用」の3章、2-12軌道敷および路面電車停留場において軌道敷と車道等の区分の方法が示されています。

以下は本書内にて解説されている内容になります。

(7)軌道敷と車道等の区分 

軌道敷と車道との間の必要な側方余裕については,車道に接続する路肩として確保する。また,安全性の観点から,軌道敷と車道は,区画線,縁石,舗装パターン等による区分をを行うものとする。さらに設置のための幅員が確保できる場合は,さく,分離帯等により車道等と分離することが望ましい。軌道敷と車道等の区分の例を図●に示す。

*3

この図では、軌道敷と車道の間にさらに路肩を設けており、実際は路肩と車道の境界に区画線があり、路肩と軌道敷の境界にさくを設けて区分した例を示しています。

その他軌道敷の舗装パターンを変えたり、縁石によって区分する方法が示されています。

では道路構造令が改正されて以降、実際に新たに敷設された併用軌道ではどうなっているか見ていきましょう。

たとえば富山地方鉄道富山軌道線のうち都心環状線では下記の形で敷設されています。

都心環状線では一部区間、軌道敷と車道に同じ舗装パターンを用いており、視覚的にはその境界の認識が難しくなっています。

軌道敷と車道の間に路肩があり、路肩内に融雪設備が設置されています。道路上は融雪設備がある部分は軌道敷ではありません。軌道敷と路肩の境界は、同じ舗装パターンながらわずかな溝が入っており、道路上はここに境界があることがしっかりわかります。路肩と車道の境界には区画線があり、視覚的にはこの区画線の内側が軌道敷であると認識されるような気がします。

また導流帯(ゼブラ)の標示の仕方については、路肩と車道の境界の区画線はそのままに、さらに車道部分を示す区画線との間を導流帯とする標示の仕方が取られています。

ちなみに富山港線の併用軌道部分も基本的に同様です。

これは道路構造令の解説と運用における車道と軌道敷の区別の仕方と非常に近い方法で、この区分の方法が一般的であると考えられます。

宇都宮市芳賀町の整備方法を考える

富山を見たところで、次に宇都宮市芳賀町の現状を見てみます。

現状宇都宮芳賀ライトレール線では、センターリザベーションでの整備区間について、すべて上記のような標示を行っています。

軌道敷のうち車道側に位置する部分について、レール敷設用に用いる軌道スラブを除いた部分すべてを、区画線と同じ塗料において色を変えています。

さらにその外側に最低0.5mの路肩(側方余裕)を設け、路肩と車道の間に区画線を設けるような運用がなされており、これまで富山で用いられていた運用方法とは異なっています。

また軌道敷であることを明示する路面標示と区画線との間の路肩の幅員は0.5mを基準としており、路肩の範囲が0.5mを超える場合、その間すべてに導流帯の標示を行っています。

この点が富山の整備事例と大きく異なるところです。

なので軌道敷であることを明示する路面標示と区画線との間をすべてゼブラとするのではなく下記のように路肩と車道の境界に区画線を引いたうえで、この区画線との間のみゼブラを標示する方法がまだ良かったのではないかと思います。

とはいえ、そもそも軌道敷を示す表示を白い太線としたことが、本当に適当であったのかは疑問が残ります。施工単価も高く、今から別の色に塗り替えるというのは難しいかもしれませんが、改善すべき点ということは間違いないかと思います。

(おまけ)都市計画法における軌道敷

もともと1968年に制定された新都市計画法では、軌道が明確には位置づけられていませんでした。しかし1998年に特殊街路として「路面電車道」が道路種別に位置付けられ、都市計画運用指針にも路面電車道は「主として路面電車の交通の用に供する道路」と明記されています。

現状わが国の制度下で、LRTを新設しようとする場合、以前の記事で紹介した通り、街路事業として行うことが必須であり、このことから都市計画決定も必須となります。

また既存の都市計画道路上に新たに路面電車道を敷設する場合も、都市計画道路上にさらに特殊街路を決定することになります。

一般的に新たに決定する都市計画道路は道路構造令に基づいて設計を行い、その設計した道路の範囲について都市計画決定を行います。

※場合によっては道路の新設による盛土・切土を行うための法面等の範囲すべてを都市計画決定することもあります

路面電車道においても同様で、道路構造令・軌道建設規程に基づいて設計した範囲について都市計画決定を行うことになります。

基本的にセンターリザベーション形式で既存の道路上に併用軌道を新設する場合、当然道路面と同じ構造であることから、路面電車道に単独で法面や切土が生じることはなく、この場合道路構造令に基づいて設計した軌道敷の範囲が、そのまま都市計画決定上も特殊街路(路面電車道)の範囲となると考えられます。

ただし路面電車道には停留場の範囲も含むことから、停留場がある部分においては、道路構造令における軌道敷の範囲と、都市計画決定上の路面電車道の範囲は異なることになるはずです。

※道路構造令上軌道敷と路面電車停留場(第31条の3)は別のものとなっている

また宇都宮市内に存在する、擁壁で嵩上げを行う区間については、道路構造令上の軌道敷≠都市計画決定上の路面電車道となっている区間が存在します。

*4

もともと都市計画決定時、擁壁によって嵩上げを行う区間については、おそらく壁面が鉛直ではない工法で基本設計を行い、その範囲を都市計画決定したものと考えられます。

しかしその後の詳細設計で、一定の高さを超える擁壁区間については、RRR-B工法と呼ばれる長期の維持管理に優れかつ、壁面が鉛直で構築が可能な擁壁工法が採用されることになりました。そのため、軌道敷の範囲については高架橋部分と同じ8.4mで充足することとなり、都市計画決定幅員より左右1.5mを余す形で施工・供用されました。

そのため側道が建設された区間では、もともとの都市計画決定線と供用されている軌道敷の間も側道と同じ構造で舗装され、区画線は都市計画決定線の外側にあるものの、一般に通行することが可能となっています。

なお上記写真の奥には調整池が築造されていますが、この調整池についてはすべてが都市計画決定線の外側に建設され、調整池と軌道敷の間は砂利になっています。

おわりに

やはりどう考えてもレール端の左右0.61mを軌道敷の範囲とする考えは、道路交通法第21条の3の考え方からしても矛盾しており、適当ではないと考えます。

しかしこの0.61mという数値が、なぜか自動車教習所の教本でも使われていることもあり、もし本当に0.61mという数値で道路交通法における軌道敷が定義されているのであれば、その解釈は変更するべきなのでは?と思います。

もちろん実務上で道路交通法における軌道敷を現状どう解釈しているのかは、公式資料がなく一切不明であり、この点については今後警察庁等に確認を行っていきたいと考えています。

 

 

*1:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BB%8C%E9%81%93%E6%95%B7

*2:道路構造令についての解説による

https://www.mlit.go.jp/road/sign/pdf/kouzourei_full.pdf

*3:道路構造令の解説と運用:日本道路協会、2004

*4:芳賀・宇都宮 LRT の整備事業とRRR 工法の工事事例:RRR工法協会だより、No.45、2020.